B班・C班合同研究会

日時:12月9日(金)・10日(土)

場所:熱海・厚生年金熱海岩間荘

制約に基づく日本語文法における音韻論の取扱いについて  郡司隆男 松井理直 (大阪大)

自然言語における意味的制約の特質  外池俊幸 (名古屋大)

単語(概念)間の上位−下位関係に基づくシソーラスの試作  鶴丸弘昭 (長崎大)

Desiderata for a corpus to promote development of parsers and understanders for speech  Nigel Ward (東京大)

日本語の時間名詞につく助詞「に」の生起について  佐藤 滋 (東北大)

無助詞格成分の主題性  丸山直子 (東京女子大)

文脈による語の意味変化について -動詞と目的語の相互作用-
日常対話データにおける意味の組み立て過程 -because節の役割-
 石崎 俊 (慶応大)

発話動機に基づいた次話題の予測  山下洋一 溝口理一郎 (大阪大)

対話データベースに基づく連想処理を用いた応答生成に関する研究  江口浩二 高野敦子 馬場口登 北橋忠宏 (大阪大)

心的過程からの対話文の深層構造の生成に向けて  岡田直之 (九州工大)

対話に基づく初等数学の問題解決手法  遠藤勉 大城英裕 賀川経夫 (大分大)

パネル討論「対話表現における多様性」
    司会      田中穂積 (WG主査)
    パネリスト   松本裕治(B班), 奥村学(B班), 溝口理一郎(C班),
            横田将生(C班), 藤崎博也(D班)


1. 制約に基づく日本語文法における音韻論の取扱いについて

郡司隆男 松井理直 (大阪大学)

本稿では、『制約に基づく日本語文法』における音韻論の扱いについ て、A.Prince & P.Smolensky によって提案された ``Optimality Theory'' のアイデアを援用しつつ考察する。本理論は、以下のよう な特徴を持つ。
(1) 変形操作を用いない。
(2) 制約は、input と output の関係という形、あるいは局所的な情 報の共有という形で記述される。
(3) ある input に対応する output の候補を複数考慮する。
(4) 制約は破られていてもよいとする。ただし、最終的な output は、 最も制約の違反度が少ないものが選択される。
(5) 解の決定に関し、音韻構造が重要な役割を果たす。
この枠組みにより、日本語の形態現象及び音韻現象を正しく説明でき る。本稿では、特に動詞後続形、いくつかの音便変化、ある種の音韻 構造におけるアクセントの移動現象などを中心に考察を行っている。


2. 自然言語における意味的制約の特質 -- 語義の拡張可能性を中心に --

外池俊幸 (名古屋大学) 白井英俊 (中京大学) 白井賢一郎 (中京大学) 今仁生美 (名古屋学院大学)

筆者らのグループは、自然言語の意味的な側面に着目して、自然言語 の本質の一つである文脈依存性をどう捉えるかを大きな研究目標とし て日本語の分析を行ってきた。今回の発表では、辞書(lexicon)に おける語彙記述が、我々の現実の言語運用の実態を考えると静的 (static)な記述だけでは不十分で、その動的な運用を保証し、辞書を 生成的(generative)にする方向を論じた。文の中核(head)である動詞 的(verbal)な要素は、その語義ごとにそれぞれ項構造(argument structure)を持つ。そして、その語義ごとに項に対しての意味的な制 限が課されていると考えられる。その制約をどのような道具立てで記 述するかが問題であり、意味素性(semantic feature)を使う方法が伝 統的である。しかし、どういう素性をどれくらいの数仮定するかに関 しての共通の理解が出来ているわけではない。実際のデータの分析か ら作られた IPA の辞書IPAL の名詞編では、56個の意味素性を仮定 している。本研究では、似た意味カテゴリに属する名詞が語彙化に関 して異なっている場合に、語彙化が進んでいないものでも、文脈に依 存してそのような拡張が起こることがあり、その拡張可能性を意味素 性のパタンとして捉え、ヒューリスティックスとして持たせることを 提案した。


3. 単語(概念)間の階層関係に基づくシソーラスの試作

鶴丸弘昭 (長崎大学)

対話文理解のために、単語の表す概念間の階層関係(上位/下位関係、 部分/全体関係など)に基づいたシソーラスの構成法について研究を 進めている。  これまで、単語の一つの語義を一つの概念に対応さ せて、語義文に現れる定義語(上位概念を表す語など)を利用した名 詞シソーラスの構成法ついて検討して来ている。本稿では、これに基 づいて実験的に試作したシソーラスについて、その有効性を検証する ために、概念階層を検索するためのプログラムなどを作成し、概念階 層の深さやそれを構成する上位概念の種類、概念階層上での極大語や 概念間の循環などの調査・検討を行っている。また、IPAL基本動 詞辞書の格パターンや意味素性などを参考に、このシソーラスを用い た省略語の推定などについても考察する。


4. Desiderata for a corpus to promote development of parsers and understanders for speech

(音声言語の理解を発達するにはどんなコーパスが要求されているか)

Nigel Ward (東京大学)

We need a corpus to promote research on speech understanding, in particular, to allow research to proceed without the need to have a running speech recognizer in each instance. I propose a common corpus, consisting of a set of: triples: recognition result (a word lattice), true word sequence, and meaning. There will be training and test sub-corpora, and standard tools for scoring the quality of syntactic/meaning components on two tasks: infering the correct sequence of words, and infering the meaning. The former is intended to judge the ability of syntactic/meaning components to provide feedback to the recognizer. For the latter we propose a "meaning vector" as a simple and easily judgeable representation of meaning.


5. 日本語の時間名詞につく助詞『に』の生起について

佐藤滋 中村ちどり 堀江薫 (東北大学)

日本語の時間名詞は、時間量('1時間'など)を表わしたり、相対的 な時間('今'、'来月'など)を指示する場合には、格助詞'に' を伴 わずに副詞的に用いられる。本研究ではこのうちの時間を指示する表 現について、'に'の生起とその要因を考察する。 時間指示表現にお ける'に'の生起を妨げる要因については、直示表現('きのう'、'今 ' ど)が 'に'を伴わないことから、これまでの先行研究においては、 時間名詞の持つ相対的性格が 'に'の生起を妨げているとされてきた。 しかし、本研究では、(1)遠隔の直示表現においては 'に'の生起が 可能である、(2)新聞、日記において近接の表現が 'に'をとらない、 ということから、'に'の生起を妨げる要因は「近接性」であることを 示す。そして、時間直示においてこの「近接性」が必然的に「時間幅」 の認識をもたらし、格助詞'に'との共起を妨げているとした上で、こ の「時間幅」の概念を用い、'に'の生起が自由だとされている他の非 直示的表現についても、'に'の生起決定のメカニズムを示す。


6. 無助詞格成分の主題性

丸山直子 (東京女子大学)

無助詞格成分の中には、単なる助詞の省略とは考えられないものが存 在する。それらの主題性について古くから論じられているが、一般に 題目提示の役割をすると言われている助詞ハとの共通点・相違点を明 らかにし、ハによる表示とも格助詞による表示とも異なる、無形表示 の機能として、「取り出し」という機能があるということを論じた。 無形表示が単なる省略でなく「取り出し」の機能を担う要因として、 文の中における位置(構造上の位置)、名詞の性質、述語の性質、文 の性質、運用論的要因、音声的特徴を、検討した。


7. 対話文理解のための解析手法と認知意味論的モデルの研究

石崎俊 田中茂範 今井むつみ (慶應義塾大学)

(1) 文脈による語の意味の変化について --動詞と目的語の相互作用--

日本語の動詞の多義の構造を調べ、認知意味論的なモデルを構築して 意味変動のメカニズムをとらえ、概念辞書の構築や、対話の意味解析, 文脈解析のための解析アルゴリズムに使用することを目的としている。 今年度は動詞(breakに対応する日本語動詞)の意味を多くの意味素性 (features)で表し、目的語との相互作用による意味変化を観察した。 次に動詞と名詞の数を増やし、その組み合わせから、クラスター解析 によって動詞のカテゴリーと名詞のカテゴリーを調べ、それぞれの意 味素性のありかた、記述可能性などについて検討している。

(2) 日常対話データにおける意味の組み立て過程 --Because の役割--

because 節は主節と協働して文を構成すると考えられている。しかし、 日常会話の意味づくりの過程において、主節−従属節の「節境界 (clause boundaries)」は必ずしも明瞭ではない。われわれは、先行 チャンクの発話内容を正当化する必要性が認められた場合 because が動機づけられると考える。言い換えれば、動機づけられた because は、話者が発話を続行するための談話空間を提供するという機能的役 割を果たす。日常対話データは、(1) because 節の節境界を画定する ことが必ずしも容易でないこと、(2) because 節内に「構造的な乱れ」 が観察されることの2つの点を示している。われわれは、これらの2 点を日常会話のチャンク連鎖モデルを支持するものとして解釈する。


8. 発話動機に基づいた次話題の予測

山下洋一* 寺谷俊寛** 野村康雄** 溝口理一郎* (*大阪大学) (**関西大学)

次発話の話題の予測を考える場合、直前の発話の種類ごとに決められ た話題の遷移範囲に基づく手法の他に、次発話の動機を考慮して、発 話の動機ごとに話題を展開していく手法が考えられる。我々は目的思 考対話における発話の動機として、二つの異なるレベルの動機、情報 伝達レベルの動機と問題解決レベルの動機から構成される発話の動機 モデルを提案する。情報伝達レベルの動機は、なぜその情報の授受を 行なうのかといった、授受される情報の状態により決まる動機であり、 問題解決レベルの動機は、その情報の授受によって何をしたいのかと いった、話者の思考内の情報の利用に応じた動機である。本稿では、 各レベルの動機とそれらを用いた次発話予測について述べる.


9. 対話モデルと連想処理

-- 対話事例ベースに基づく連想処理による協調的応答生成の基礎検討 --

馬場口登 高野敦子 北橋忠宏 (大阪大学)

筆者らのグループでは、これまでに発話の前提に着目した対話認識、 さらには協調的な対話生成に関する検討を行ってきた。昨年度は、対 話における様々な種類の発話対(質問文−応答文の対)パターンを系 統的に認識する枠組について報告した。本年度は、その成果を協調的 な対話の生成に応用することを目標に掲げてきた。その過程で、アル ゴリズミックに生成できる発話対パターンとそうではないパターンと の双方が存在することを明らかにした。そこで本稿では、上述のアル ゴリズミックな生成が困難なパターンを対象に、事例ベースに基づく 連想機構を利用したアプローチに関する基礎的検討を行う。本手法は、 構造化した対話事例ベースを利用して、質問文と概念的類似性の高い 質問事例を連想検索し、連想された質問文に対応する応答文を状況に 合致するように変形することにより、協調的応答の作成を試みるもの である。協調的対話生成システムの実現に向けて本アプローチの有効 性を考察する。


10. 心的過程からの対話文の深層構造の生成に向けて

岡田直之 (九州工業大学)

認識、思考、情緒、行動、および発話過程を統合的にシミュレーショ ンする、”イソップワールド”プロジェクトを推進している。本稿で は、1人の登場人物をシミュレートする従来の”k-システム”に加え て、新たにもう1人の”p-システム”を構築し、両者の間で対話を可 能にすることを考える。対話の話題としては”勧誘”を取り上げ、ま ず勧誘する側とされる側の心理構造を詳しく調べる。各心理構造は、 話題に応じたいくつかの要素からなり、それらがゆるく結合している。 次に変化に富む対話の進行過程を柔軟に処理することを、1つの例を 通じて考察する。最後に、”マルチエージェントシステム”を目指し たインプリメンテーションについても触れる。


11. 教師との対話とドリルテキストの相互参照に基づく初等数学の問題解決に 関する研究

副題: 対話に基づく問題解決手法

遠藤勉 大城英裕 賀川経夫 (大分大学)

本研究は対象を小学校1年の算数の世界に絞り込み、問題文と図表が 混在しているドリルテキストならびに教師(人間)との対話を相互参照 しながら算数の問題解決を行うシステムの実現を目指している。シス テムの制御はテキストの構造に応じた複数個の機能モジュールの生成 と起動およびメッセージ交換に基づく並列分散方式で行われる。テキ ストの問題文は文字列から文節系列、構文木を経て格構造に、問題図 形は図形モデルやテキストモデルとの照合により図形構造表現に変換 される。さらに、格構造と図形構造表現を融合することにより、統合 化表現としてのコマンド系列が生成される。これらの過程で不具合が 生じると、対話管理部を通じてその旨を教師に知らせる。本論文では、 格構造と図形構造表現から問題解決に必要なコマンド系列を生成する 部分の対話処理に焦点を当て、対話における発話機能、対話の展開、 システムからの発話文の生成機構ならびに教師からの応答文の解析法 について述べる。